Q&A Shiggekky 第82回|MITO RISING Perspective
回復とは、傷んだものを取り除くことだけではない。必要なものをつくり直すことでもある。
私たちの身体には、約37兆個もの細胞があります。そして、その多くの細胞の中で、ミトコンドリアが生命活動に必要なエネルギーをつくっています。
しかし、ミトコンドリアも毎日働き続けるうちに、傷ついたり、機能が低下したりすることがあります。
前回、第81回では、こうしたミトコンドリアを取り除くマイトファジー(Mitophagy)という仕組みを紹介しました。
では、傷んだミトコンドリアを取り除いたあと、細胞はどうするのでしょうか?
実は、私たちの細胞には、必要なミトコンドリアを増やす仕組みも備わっています。
それが、今回のテーマである、Mitochondrial Biogenesis(ミトコンドリア新生)です。
① ミトコンドリアは、どうやって増えるの?
ミトコンドリアは、何もないところから突然生まれるわけではありません。すでに存在するミトコンドリアを土台に、必要なタンパク質や脂質などを補い、成長し、分裂することで増えていきます。
ここで大切なのが、細胞核とミトコンドリアの協力です。
ミトコンドリアには独自のDNAがありますが、ミトコンドリアを構成するタンパク質の大部分は、細胞核にあるDNAの情報からつくられています。つまり、ミトコンドリアを増やすためには、細胞核とミトコンドリアが協調して働く必要があるのです。
この働きを調節する重要な因子の一つが、PGC-1α(ピージーシーワンアルファ)です。PGC-1αは、運動やエネルギー需要の変化などに応じて、ミトコンドリアに関係する遺伝子の働きを調節します。
さらに、NRF1やTFAMなどの因子も協調し、ミトコンドリアの構成成分の産生やDNAの維持を支えています。
難しく感じるかもしれませんが、簡単に言えば、「ミトコンドリアを増やすために、細胞全体が協力して準備を進めている」ということです。
② 「片づける」と「つくる」はセットで働く
ここが今回、最も大切なところです。
私たちの身体には、傷んだミトコンドリアを取り除く仕組みと、必要なミトコンドリアを増やす仕組みがあります。

Mitophagy|マイトファジー
傷んだミトコンドリアを選択的に取り除き、細胞内の品質を維持する仕組みです。

Biogenesis|ミトコンドリア新生
必要な構成成分をつくり、ミトコンドリアの量と機能を維持・増強する仕組みです。
例えば、古くなった機械を取り除くだけでは、工場は動き続けられません。
新しい機械を準備し、必要な設備を整えることも大切です。
細胞の中でも、それに似たことが起こっています。
ただし、ミトコンドリアの場合は、取り除く作業と新しくつくる作業が、必ずしも順番に進むわけではありません。
両方が協調しながら、細胞の状態に応じて調節されています。
大切なのは、単にミトコンドリアを増やすことではなく、質と量を適切に保つことなのです。
③ 老化すると、ミトコンドリアをつくる力も変わるの?
加齢に伴い、ミトコンドリアの品質管理や新生の調節が変化することが報告されています。
特に骨格筋では、運動や代謝ストレスに対するミトコンドリアの適応が、年齢、運動習慣、病気などの影響を受けます。
ただし、すべての高齢者でミトコンドリア新生が同じように低下するわけではありません。
そして、ミトコンドリアが多ければ多いほど健康というわけでもありません。
重要なのは、
必要なときに増やせるか。
傷んだものを取り除けるか。
ストレスのあとに、再び働ける状態へ戻れるか。
ということです。
ここに、私が提唱しているRecovery Capacity(回復力)とのつながりがあります。
MITO RISING Perspective
回復力とは「取り除く力」と「つくり直す力」の統合である
私は、老化を単なる時間の経過としてではなく、身体が持つ回復する能力の低下という視点から考えています。
これまでの医学では、病気や損傷が起こる原因を見つけることに大きな力が注がれてきました。
もちろん、それは非常に重要です。
しかし、もう一つ考えたいことがあります。
損傷したあと、身体はどのように元へ戻るのでしょうか?
ミトコンドリアを例にすると、その答えの一部が見えてきます。

つまり、回復とは単に傷んだものを修復するだけではありません。
不要になったものを取り除き、必要なものを補い、変化した環境に合わせて働ける状態をつくることでもあります。
私は、この能力をMitochondrial Adaptive Capacity(ミトコンドリアの適応能力)という研究概念として捉えています。
将来的には、ミトコンドリアがどれだけエネルギーをつくれるかだけでなく、ストレスのあとにどれだけ機能を取り戻せるかを測定する研究へ発展させたいと考えています。
ただし、これは現在確立した臨床検査や治療法ではなく、今後検証すべき研究課題です。
第82回で一番伝えたいこと
Recovery requires more than removing what is damaged. It also requires rebuilding what is needed.
回復とは、傷んだものを取り除くことだけではない。
必要なものを再びつくり、働ける状態を取り戻すことである。
Remove what is damaged.
Rebuild what is needed.
Restore the capacity to recover.
私たちの身体は、ただ古くなっていくだけの存在ではありません。
傷んだものを処理し、必要なものをつくり直しながら、日々変化する環境に適応しようとしています。
この生命の仕組みを理解することが、これからの老化研究や予防医療に新しい視点を与えてくれるのではないでしょうか。
次回|Q&A Shiggekky 第83回
「運動すると、なぜミトコンドリアが増えるの?」
― Exercise × AMPK × PGC-1α × Recovery Capacity ―
ミトコンドリア新生を促す代表的な刺激の一つが、運動です。
次回は、運動によって細胞のエネルギー需要が変化し、ミトコンドリアの適応がどのように促されるのかを考えます。
運動は、単にエネルギーを消費するだけではない。身体が次の環境へ適応するきっかけにもなる。
MITO RISING|THE AGE OF RECOVERY
Aging is not time. It is the loss of Recovery Capacity.
老化とは、単なる時間の経過ではない。回復する力が失われていくこと。