2026年、日本の医療政策に一つの変化が起きた。
厚生労働省が打ち出したのが、「攻めの予防医療」である。
これまでの予防医療にも、もちろん一次予防、二次予防、三次予防があった。病気にならないための健康づくり、健診・検診による早期発見、そして病気になった後の重症化予防やリハビリテーションである。U.E.N.O.Planも、この予防医療の基本構造を否定しているわけではない。(厚生労働省)
変わったのは、待つだけではないという姿勢である。
本人が健康に関心を持つのを待つ。
健診を受けるのを待つ。
病気になって医療機関を訪れるのを待つ。
そこから一歩踏み出し、行政、保険者、企業、医療者が連携し、健康状態への気づきから実際の行動変容までを積極的に支援する。
私は、この方向性に大きな意味があると考えている。
しかし同時に、臨床医として、もう一つ先の問いを持っている。
病気になるリスクを見つけるだけで、本当に十分なのだろうか。
血圧を測る。
血糖を測る。
がんを早く見つける。
認知症の兆候を早く捉える。
もちろん、すべて重要である。
しかし長年患者を診ていると、同じ病気、同じ年齢、似たような検査値であっても、その後の経過が大きく違う人たちに出会う。
すぐに元の生活へ戻れる人がいる。
一度の感染症を境に急速に弱ってしまう人もいる。
手術から驚くほど早く立ち直る人もいれば、なかなか元の状態に戻れない人もいる。
この違いは、「病気があるか、ないか」という二分法だけでは説明できない。
そこに私がRecovery Capacity――回復力と呼んでいる生命の能力があるのではないか。
Disease RiskからRecovery Capacityへ
現在の予防医学の多くは、
What disease might happen?
何が起こる可能性があるか
を予測しようとしている。
私がRecovery Medicineで加えたいのは、もう一つの問いである。
If something happens, how well can you recover?
何かが起きたとき、あなたはどれだけ回復できるか。
これは従来の予防医学との対立ではない。
むしろ、
Disease Risk + Recovery Capacity
という二つの軸で人を見ることである。
リスクが低くても、回復予備力が低下している人がいるかもしれない。
逆に慢性疾患を持っていても、適切な治療を受けながら高い身体機能と社会活動を維持している人もいる。
だから未来の予防医療では、
「病気を早く見つける」ことに加えて、
「回復できる状態を早く見つけ、維持する」
という視点が必要になるのではないか。
ここに、MitoQure / MITO RISINGと「攻めの予防医療」の最も本質的な接点がある。
「測る → 介入する → 再び測る」
ただし、Recovery Capacityという言葉を理念だけで終わらせてはいけない。
測れなければ医学にはなりにくい。
私はここが、これからの最大の課題だと考えている。
先日Rhelixaの仲木社長、鈴木氏と、私が診療している患者のフォローアップやエピジェネティッククロックの現在と未来について話し合った。
その対話から改めて考えたのは、一回の測定値より、時間軸に沿った変化が重要ではないかということである。
一回の検査はSnapshotである。
しかし、
Baseline → 3か月 → 6か月 → 1年 → 2年
と追跡すればTrajectoryになる。
私はこれを、
Recovery Trajectory
として捉えたい。
エピジェネティッククロックも「何歳若いか」を競うためだけに使うのではない。
生物学的年齢、老化速度、一般血液検査、血圧、体組成、筋力、歩行能力、運動耐容能、睡眠、HRV、活動量、代謝、炎症などを時間軸の中で重ねる。
すると、
Epigenetic× Metabolic× Physical× Sleep× Inflammatory× Functional
という複数の窓から、その人の状態を見られるようになる。
重要なのは、現段階ではこれらを安易に一つの「回復力スコア」にしてしまわないことである。
エピジェネティック年齢も、HRVも、握力も、睡眠効率も、それぞれRecovery Capacityの異なる側面を映す候補であって、単独で「回復力そのもの」を測定しているわけではない。
だから最初は、点数よりも、
Recovery Profile
として可視化する。
そして将来的には、前向き臨床研究によって、どの指標の組み合わせが、感染、手術、疲労、ストレスなどからの実際の回復速度や回復量を予測するのかを検証する。
ここまで進んで初めて、Recovery Capacityは思想から測定可能な医学概念へ近づいていく。
MitoQureの臨床実装は「治療メニュー」から始めない
MEASURE → UNDERSTAND → INTERVENE → RE-MEASURE → ADAPT
を診療そのものにする。
まず測る。
患者と一緒に理解する。
そして最初の介入は、食事、運動、睡眠、禁煙・節酒、体重管理、既存疾患の適切な治療など、エビデンスの確立した基盤から始める。
必要性、エビデンス、安全性、費用、標準治療との関係を説明したうえで、適切な場合には自由診療を含む追加的介入を検討する。
そして必ず再測定する。
何を投与したかではなく、何が変わったかを見る。
さらに重要なのは、
変わらなければ介入を変える。
私は、病院をなくしたいわけではない。
病院は必要である。
高度医療も必要である。
病気になった人を救う医療は、これからも医学の中心であり続ける。
しかし、病気になってから支える医療だけでは、超高齢社会を支えきれない。
だからもう一つ、
病気になる前から、回復できる身体を育てる医療
が必要になる。
そして、その考え方は個人だけにとどまらない。
- 回復できる家族
- 回復できる職場
- 回復できる地域
- 回復できる社会
私はそれを、
A Culture of Recovery
と呼びたい。
「病院をいくつ建てたか」だけではなく、「回復できる人をどれだけ増やせたか」を社会の健康指標として考える。
そこまで進んだとき、予防医療は単に「病気を防ぐ医学」ではなく、
人生を最後まで支える医学
へ変わっていくのではないだろうか。

2026年、日本は「攻めの予防医療」へ動き始めた。
病気になってから待つのではない。
健康なときから自分の身体を知り、リスクを見つけ、行動し、必要なら早く介入する。
私は、その方向に賛成している。
しかし臨床医として、もう一つ先の問いを投げかけたい。
私たちは、病気になるリスクだけでなく、
病気やストレスから「回復する能力」を測ることはできないだろうか。
何歳なのかではない。
何歳若く見えるのかでもない。
何かが起きたとき、どれだけ戻れるのか。
そして経験したことを取り込み、どれだけ次の状態へ適応できるのか。
それを測り、育て、もう一度測る。
Measure → Intervene → Re-measure → Adapt.
私は、その循環の中に未来の医療があると考えている。
Aging is not time.
It is the loss of recovery capacity.
そして未来の医療は、時間と戦う医療ではない。
回復できる力を、できるだけ長く守る医療である。